熱田ぐるりんマップ | 2コース

熱田神宮と神宮前商店街

大きな地図で見る

Comment

帆船の大きさに思わずビックリ。神域に触れながら、清水社で謎めいた楊貴妃伝説に心を踊らせ何度も水掛け。商店街でのコーヒータイムは、店員さんが優しく出迎えてくれ自然に笑みがこぼれます。

ナビゲーター01

52神宮前商店街

神宮前商店街で昭和の風を満喫

名古屋のど真ん中。昭和のノスタルジックな雰囲気が気持ちいい。ディープな街で自分だけの隠れ家が絶対に見つかる。


31熱田神宮 / くさなぎ広場

境内のchillspot

参拝者の憩い・やすらぎの場として令和3年7月にオープン。東海道五十三次の宮宿をイメージした帆船と南神池上に設けた回廊を自由に散策できる。


4熱田神宮 / 清水社

楊貴妃伝説で美肌効果!?

昔々、中国の玄宗皇帝が日本に攻め込むことを心配した日本の神々は、熱田大神の姿を女神(楊貴妃)に変えることで戦いの矛先をかわしたというお話。ここで柄杓で3度お水をかけると願いが叶い、お肌にも良いと言われている。


Topics - 1
熱田神宮 / 松御前之碑

源頼朝の祖母を祀る

玉葉和歌集 熱田神宮御神詠 熱田大宮司家の交代劇尾張氏から藤原氏

『桜花 ちりなむ後の かたみには 松にかかれる 藤をたのまん」
この和歌は鎌倉幕府を起こした源頼朝の祖母である、熱田大宮司の娘《松御前》にちなむ御歌です。松御前は寛治年間に三河国士の野田城主藤原氏千秋家に嫁がれました。頼朝を産んだ由良御前は娘です。うたの意は、尾張氏に男子がなく、《松は藤原氏千秋家に嫁ぎます。これよりは藤原さまのお力で熱田を頼みます》
これが歴史に残る熱田支配の交代劇の秘話です。歌碑は新城市の野田城下の花田文化の道に建てられていましたが、熱田神宮に移設されました。
令和三年七月・熱田神宮にくさなぎ広場が 開らかれると有名な熱田甚句句碑とニ十五丁橋の石橋の処に松御前之碑と御神詠歌碑が設置されたのです。
碑の設置場所はその昔、大宮司家の舘跡で、尾張氏の娘、松姫こと松御前の実家であり、松姫が暮らされた処でございます。
平安時代後期に熱田尾張氏の後継者問題が起こります、大宮司尾張員職(かずのぶ)に男子がなく、娘の職子(もとこ・後の松御前)が、新城市稲木の、三河国司【岡崎,尾張,三河支配】藤原季兼に嫁いで、その子季範が熱田大宮司の継承者に迎えられ、千秋姓を名乗ることになったのです。 この出来事は代々尾張氏が熱田神宮の運営を担ってきたのを、藤原氏に譲る、歴史上重要な事柄でございます。
松御前は夫・季兼の仮住まい稲木に定住して、37年間この地で暮らされます。1130年大治5年・享年71歳で病に倒れ、亡くなられます。松御前の墓は熱田神宮神領地であった、小城ヶ峰の中腹に、奉られています。 松御前の子、季範が熱田大宮司を引き継ぎ、その子どもが由良姫で、源義朝の正室となり、頼朝を生んだのです。
松御前は頼朝のひいおばあちゃん(曾祖母)で頼朝はひ孫です。
この由来から私の詩吟の恩師、熱田高蔵の野沢清子・清鳳先生(享年83才)【熱田神宮奉賛吟剣詩舞道連盟・本年令和四年・六十周年の立役者】の実家が松姫の嫁つがれた野田城地であった縁から、今から60年前の1962年,昭和三十七年に高蔵の野沢先生宅で御神詠歌碑の除幕式が行われ、その後、御神詠歌碑は、それ以前に地元新城市豊島に建てられていた松御前之碑の地に移されました。
このことから昨年7月のくさなぎ広場が開苑されたのに合わせて、恩師野沢先生の御子孫で、この碑の所有者である小木曽俊介・里絵さまご夫妻より、熱田神宮の千秋季賴宮司(熱田神宮奉賛吟剣詩舞道連盟・名誉会長)に献納の申し出があって、ここに両碑が新城市から熱田神宮に移設されることとなったのです。

終わりに
この御神詠歌碑の御神歌は「玉葉和歌集 巻第ニ十 神祇」に収められており、松御前の口を借りて詠まれた、熱田大明神のご託宣として伝わます。
この歌碑の文字は、元熱田神宮・宮司の野田菅麿さまが揮毫されておられます。その和歌の文字は 『桜花 ちりなむ後の かたみには 松にかかれる 藤をたのまむ(ん)』と刻まれています。[桜]を尾張氏にたとえています、桜が散った後は、松が藤原に嫁ぎます。「熱田神宮の繁栄を、藤原千秋家に委ねた御歌です。」 以上松御前之碑と御神詠歌碑の建立の逸話を語らせていただきました。


Topics - 2
日本武尊と草薙神剣(通称:草薙の剣)神話

熱田のロマンと神話・伝説

熱田といえば、まず思い浮べられるのが、熱田神宮。ロマンと神話・伝説に彩られた熱田にはいろいろな伝承があります。代表的なのは日本武尊(やまとたけるのみこと)と熱田神宮にまつわる神話。日本武尊の妻、宮簀媛命(みやずひめのみこと)は尾張の国造、乎止与命(おとよのみこと)の娘。夫亡き後、形見の草薙の剣を尾張氏の館、氷上姉子(ひかみあねご)神社(緑区大高町)から後に熱田神宮に移され、まつられている。熱田神宮全体がパワースポットとなっている。


Topics - 3大楠

熱田神宮を象徴する大切な御神木大楠

弘法大師のお手植と伝えられ、樹齢1000年以上と言われている。幹の太さ7.7m樹高21mのこの大楠を含め、境内には特に大きなクスノキが7本あり「七本楠」とも呼ばれる。

保存樹

境内には、市指定保存樹のクスノキ、イチョウ、カリン、ムクノキなど全部で19本。1号指定の最大のクスノキは神宮会館奥にある。


Topics - 4清雪門

永久に開かない不開門

668年に草薙の神剣がこの門を通って盗まれたことから不吉の門とされ、閉ざされたままである。俗に不開門(あかずのもん)とも呼ばれている。神剣が戻り、これを喜び笑う様を伝えるのが酔笑人(えようど)神事である。


Topics - 5南新宮社

疫病退散の神様 朱塗りの南新宮社

熱田神宮の中で唯一の丹(朱色)塗りの社殿で、祭神は京都八坂神社と同じ素戔嗚尊(すさのおのみこと)をおまつりし、疫病退散の神様ともして知られる。


熱田神宮の詳細情報は公式サイトからご覧ください
熱田神宮の詳細情報を見る



諸般事情により情報が古い場合がございます。何卒ご了承ください。